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広島地方裁判所 平成3年(ワ)395号 判決

原告

德永純司

原告兼原告德永純司法定代理人親権者父

德永俊彦

原告兼原告德永純司法定代理人親権者母

德永知美

原告ら訴訟代理人弁護士

金尾哲也

坂本彰男

望月浩一郎

被告

広島市

右代表者市長

平岡敬

右訴訟代理人弁護士

宗政美三

福永宏

右指定代理人

田川修司

外六名

主文

一  被告は、原告德永純司に対し、金六一五三万二一二〇円及びこれに対する昭和六三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告德永俊彦及び同德永知美に対し、それぞれ金一六五万円及びこれに対する昭和六三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決の第一、第二項は、仮に執行することができる。ただし、被告が金三〇〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告德永純司に対し、一億五六二〇万一八九九円及びこれに対する昭和六三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告德永俊彦及び同德永知美に対し、それぞれ五四九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、当時小学校六年生であった原告德永純司が小学校のプールで教諭の指導のもと実施された逆飛び込みを含む水泳の練習に参加した際、逆飛び込みをしたところ、水底に頭部を衝突させて、第四、第五頸椎圧迫骨折等の傷害を負ったとして、同原告並びにその両親である原告德永俊彦及び同德永知美が、教諭の使用者で、プールを設置、管理する被告に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)、国家賠償法一条一項又は同法二条一項に基づき、右事故による損害の賠償を求めた事案である。

一  本件の基本的事実関係(争いのない事実については、各事実の末尾に「争いがない。」旨を摘示し、争いのある事実については、各事実の末尾に認定に供した主な証拠を摘示した。)

1  当事者

(一) 原告德永純司(以下「原告純司」という。)は、昭和五一年五月三一日生れの男子であり、昭和六三年九月六日当時、広島市立早稲田小学校(以下「早稲田小学校」という。)の第六学年に在籍していた(争いがない。)。

(二) 原告德永俊彦(以下「原告俊彦」という。)は、原告純司の父親であり、同德永知美(以下「原告知美」という。)は、原告純司の母親である(争いがない。)。

(三) 被告は、早稲田小学校を設置、管理している(争いがない。)。

2  事故の発生

(一) 原告純司は、昭和六三年九月六日午後二時ころから同日午後三時二〇分ころまでの間、早稲田小学校のプール(以下「本件プール」という。)において、広島市教育委員会が主催して同月一一日に開催される予定であった広島市小学校児童水泳記録会に、同小学校の児童の中から選抜されて出場するため、同級生の児童一三名とともに、同小学校の森本章(以下「森本」という。)、井道章史(以下「井道」という。)、中村美津子(以下「中村」という。)及び亀岡美由紀(以下「亀岡」という。)の各教諭(以下「本件指導教諭ら」という。)の指導のもと実施された逆飛び込みを含む水泳の練習(以下「本件水泳練習」という。)に参加した(争いがない。)。

(二) 同日午後三時三〇分ころ、本件指導教諭ら及び児童の一部が本件水泳練習を終えるべく、コースロープを引き上げて格納する作業(以下「本件作業」という。)をしていた際、原告純司、吉村達也(以下「吉村」という。)、橋本涼(以下「橋本」という。)林観世(以下「林」という。)及び阿江孝一(以下「阿江」という。)の五名の児童が水泳を再開し、原告純司、吉村、橋本及び林の四名の児童が本件プール北側で逆飛び込みを始めた。原告純司は、吉村及び橋本に引き続いて、別紙図面記載の本件プール北側の第五コース飛び込み台から南に向けて逆飛び込みをしたが、これに失敗して同図面記載の×地点(北側プールサイドから約二メートルの地点)付近の水底に自己の頭部を衝突させ、右地点付近の水面上にうつ伏せの状態で浮かび上がった。吉村は、二回目の飛び込みをしようとして右飛び込み台に立ったところ、原告純司を発見したが、同原告が動こうとしなかったため、隣の第四コース飛び込み台に移動して、更に逆飛び込みをした。橋本及び林が原告純司の異常に気付き、同原告を引き上げようとしたが、重くて引き上げることができず、更に吉村も手伝ったが、やはり同原告を引き上げることができなかった。このため、中村教諭に助けを求め、同教諭が吉村、橋本及び林の三名の児童とともに同原告を引き上げた(右当時、本件指導教諭ら及び児童の一部が本件作業をしていたこと、中村教諭が他の児童とともに原告純司を引き上げたことは争いがない。その余の事実について、甲二〇、二九ないし三六、乙一、二の一ないし四、証人吉村及び同橋本、原告純司本人、検証の結果。以下「本件事故」という。)。

3  原告純司の受傷、治療経過、後遺障害等

(一) 原告純司は、本件事故当時、健康な男子小学生であった(原告純司本人及び同俊彦本人)が、同事故により、第四、第五頸椎圧迫骨折、頸髄損傷の傷害を負った(甲二二ないし二五)。

(二) 原告純司は、右傷害のため、本件事故当日から平成元年五月八日までの間、広島赤十字原爆病院に入院して昭和六三年九月八日に手術を受けた。次いで、平成元年五月八日から平成二年三月一〇日までの間、産業医科大学病院に入院してリハビリテーションを受け、平成二年三月一〇日、その症状が一応固定した(甲二二ないし二五)。

右により一応固定した原告純司の後遺障害は、全身症状として、不全四肢麻痺、両下肢の痙性の亢進、感覚障害、歩行障害、両上肢巧緻性動作障害、膀胱直腸障害というものであり、両上肢の症状として、肩及び肘がわずかに自動運動可能であるが、両手関節以下は自動運動不能で握力はなし、両下肢の症状として、完全麻痺で車椅子の使用が必要というものであった(甲二三ないし二五、なお、車椅子の使用が必要であることは争いがない。)。このため、原告純司は、平成二年四月二八日、身体障害者福祉法による身体障害者等級表の二級に該当する障害があるとして、障害者手帳の交付を受けた(争いがない。)。

その後、原告純司において更にリハビリテーションを続けた結果、平成五年一一月二六日の時点で最終的に固定した同原告の後遺障害は、全身症状として、両上下肢麻痺というものであり、左上下肢は完全麻痺のままであるが、右上下肢は軽微な自動運動が可能となり、右手で辛うじて電動車椅子の運転が可能というものである。そして、原告純司は、平成五年一二月二八日、身体障害者福祉法による身体障害者等級表の一級に該当する障害があるとして、障害者手帳の再交付を受けた(甲六七、一一一、原告俊彦本人)。

なお、原告純司の右後遺障害は、日本体育・学校健康センター法施行規則の別表の第一級に該当するものである(争いがない。)。

(三) 原告純司は、右後遺障害のため、一人では日常生活を行えない状態にあり、その後、広島県立熊野高等学校に入学したものの、就学を継続することが困難となり、平成五年四月に同高校を中退し、現在に至るまで、自宅において高校教育に相当する勉学を自習している(甲三六、三八の一及び二、原告純司本人及び同俊彦本人)。

4  損害のてん補

(一) 原告純司は、日本体育・学校健康センターから、その後、見舞金として一八九〇万円の支払を受けた(争いがない。)。

(二) 原告純司は、日本体育・学校健康センターから、昭和六三年九月から平成二年三月までの間、療養に要する費用として六六万〇四二九円、療養に伴って要する費用として八五万九八二六円、合計一五二万〇二五五円の支払を受けた(乙一一ないし二四(枝番のあるものについては、すべての枝番を含む。)、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  被告の責任の有無

(一) 債務不履行(安全配慮義務違反)又は国家賠償法一条一項

(二) 国家賠償法二条一項

2  右1が認められる場合、損害額

3  右1が認められる場合、過失相殺

三  原告らの主張

1  債務不履行(安全配慮義務違反)又は国家賠償法一条一項

(一) 本件指導教諭らは、本件事故当時、早稲田小学校に勤務する地方公務員であり、職務として本件水泳練習の指導に当たっていた。

また、原告らと被告は、原告純司が早稲田小学校に入学した際、同原告に学校教育を受けさせることを目的とする在学契約を締結した。したがって、被告は、原告らに対し、学校教育法に則って原告純司を教育する義務を負うとともに、その付随的義務として、同原告の生命、身体等に危険が及ばないよう物的、人的設備を整備し、もって同原告の安全を保護すべき、いわゆる安全保護義務があったというべきである。

(二) 注意義務の内容

水泳は、他の体育科目に比較して事故が発生しやすく、特に逆飛び込みは、頭部から入水するものであり、入水角度によっては水底に頭部を衝突させる危険があるから、事故が発生する蓋然性も高い。したがって、水泳、特に逆飛び込みの指導に当たる教諭としては、児童の身体の安全について十分な配慮を行い、事故の発生を防止すべき高度の注意義務を負っているというべきである。

そして、近年、小学校の児童の体位がめざましく向上し、特に第六学年に在籍する児童にあっては、既に大人並みの体格を有している(なお、原告純司は、少なくとも、身長が一五一センチメートル、体重が四七キログラムで、平均より大柄な体格であった。)一方、本件プールには、その北側及び南側に高さ約四〇センチメートルの飛び込み台が設置されていたが、飛び込み台直下の水深は、満水時の状態において北側が約九〇センチメートル、南側が約八〇センチメートルしかなかった(しかも、本件練習後は、プールサイドの側溝から水があふれて、水深が少なくとも四、五センチメートル減じていた可能性が高い。)から、本件プールにおいて逆飛び込みを行うこと自体、危険を伴うというべきであった。

したがって、本件プールにおいて小学校第六学年の児童に逆飛び込みの指導を行う教諭としては、本件プールの水深と逆飛び込みに伴う潜水力との関係に着目し、逆飛び込みをした児童が深い角度で入水して水中深く進入するのを避けるため、それぞれの児童の技術に応じて、右のような危険性を告知するとともに、危険性を防止する指導方法をとるべきであった。

(三) 注意義務違反の行為

本件指導教諭らは、踏み切りから入水までの距離を伸ばすための練習方法として、飛び込み台から前方に一定の距離をおいた水面上の中空にゴムホースを張り、そのゴムホースを越えて飛び込む指導方法(以下「本件飛び込み指導」という。)を実施した。

そして、本件飛び込み指導は、本件プール南側の飛び込み台を使用し、本件プールの南西側及び南東側の手すり(別紙図表参照)にそれぞれ授業机を接して固定した上、本件指導教諭らが机の天板上にゴムホースを東西に張り渡すようにして実施された。このため、本件飛び込み指導において、飛び込み台から前方に張ったゴムホースまでの距離は、約一二〇センチメートルないし約一三〇センチメートルで、水面上からゴムホースまでの高さは、約八〇センチメートルであった。

ところで、本件飛び込み指導は、実際上、鍛練された競泳選手が使用するパイク(エビ形)スタートによる逆飛び込みを指導するものであるが、パイクスタートは、遠くへ高く飛び出すことにより、高い所からの位置エネルギーを前進速度で生かすため、かなり深い角度で入水することを特徴とし、入水角が大きいだけに水底に頭部を衝突させる危険性が高い飛び込み方法とされている。

このため、本件飛び込み指導を実施すると、児童は、ゴムホースを越えるため、より強く踏み切りをしたり、あるいは空中へより高く上がるように踏み切りをする必要があるため、踏み切りから入水までの間、適切な姿勢(顎を引き締めて上腕部で頭部をはさむようにして、両腕を伸ばし、指先から浅い角度で入水する。)を保持することが困難となり、空中でバランスを失い、場合によっては頭部から垂直に近い角度で入水する危険がある。また、児童は、踏み切りから入水までの距離を伸ばすことに関心が向きがちとなり、深い角度で入水しないことについての注意がおろそかとなりやすく、やはり垂直に近い角度で入水する危険がある。現に、本件事故当日、本件飛び込み指導に従って練習していた多くの児童が水中深くまで進入しすぎたため、本件プールの水底で顔面、腹部、頭部等を打っていた。

しかるに、本件指導教諭らは、原告純司ほかの児童において、本件飛び込み指導を受けることが初めてで、いまだ逆飛び込みの技術を把握できていない状況のもと、右のような危険性を十分認識し得たにもかかわらず、本件飛び込み指導を実施したため、本件事故が起こったものである。

また、仮に、本件飛び込み指導自体有益なものであるとしても、本件指導教諭らは、児童が深い角度で入水しても比較的安全が確保される本件プールの中央部(水深は、満水時の状態で約一一〇センチメートルである。)でこれを実施するとか、あるいは危険性を除去するために適切な指導や実演をなすべきであったにもかかわらず、これらの措置を怠ったため、本件事故が起こったものである。

したがって、本件指導教諭らには、債務不履行(安全配慮義務違反)上又は国家賠償法一条一項の過失があったというべきである。

(四) なお、前記のとおり、本件事故は、本件指導教諭ら及び児童の一部が本件作業をしていた際に起こったものである。

しかしながら、原告純司は、最初コースロープの引き上げ作業に従事したものの、格納庫の付近がコースロープを格納する作業に従事していた児童や教諭で混雑していたため、吉村、橋本、林及び阿江の四名の児童とともに、更に自由水泳を続けていたものである。一般に、水泳練習を終える場合には、本件作業が終わった後、プールサイドに教諭及び児童が全員集合して整理体操を行い、教諭が児童に対し、水泳の技術を指導し、次回の練習予定を告知した上、解散の指示をするのが通常であり、本件作業中、その当番に当たっていない児童は、その間いつも自由水泳をしており、本件指導教諭らから泳ぐのをやめるように注意されることはなかった。そして、本件指導教諭らは、スタートは大事だから、自由水泳の時に練習しておくようにと指示していた。

そして、本件事故当時、本件飛び込み指導に使用されたゴムホースは取りはずされていたが、児童は、本件指導教諭らから、「スタートのときは、いつもロープが張られていると思って、それを飛び越えるつもりで飛び込むように。」と指導されていたため、ゴムホースの張られていた位置をイメージして、ゴムホースが張られていた時と同様に、その位置を越えて飛び込もうとするのが自然であり、原告純司も、右のような指導に従って、より強く踏み切りを行い、あるいは空中へより高く上がるように踏切を行い、本件事故に至ったものである。

2  国家賠償法二条一項

(一) 前記のとおり、本件プールは、被告が設置、管理するものである。

(二) 前記のとおり、近年、小学校の児童の体位がめざましく向上し、特に第六学年に在籍する児童にあっては、既に大人並みの体格を有している。一方、本件プールには、その北側及び南側に高さ約四〇センチメートルの飛び込み台が設置されていたが、飛び込み台直下の水深は、満水時の状態で約八〇センチメートルないし約九〇センチメートルしかなく、しかも、本件練習後は、プールサイドの側溝に水があふれて、水深が少なくとも四、五センチメートル減じていた可能性が高いから、本件プールにおいて逆飛び込みを行うこと自体、危険を伴うものというべきであった。

なお、財団法人日本水泳連盟は、昭和五七年のプール公認規則改正において、小中学校用のプールにあっても、水深は一メートル以上が望ましい、スタート台の高さは、水深が一メートル未満の場合は二五センチメートル以下、水深が一メートル以上の場合は三五センチメートル以下と定めた。そして、平成二年のプール公認規則改正において、スタート台前方五メートルまでの部分の水深が1.2メートル未満のプールについてはスタート台を設置してはならない旨を定めている。

したがって、本件プールは、小学校第六学年の児童にとって、逆飛び込みを行うプールとして通常有すべき安全性を欠いたものであり(なお、原告純司は、被告が後記のとおり主張するように、異常な逆飛び込みをしたものではなく、本件飛び込み指導に従った通常の逆飛び込みをしたにすぎない。)、その結果、本件事故が起こったというべきであるから、本件プールの設置、管理について瑕疵があったというべきである。

3  損害

(一) 原告純司の損害

(1) 入院雑費及び療養雑費

一二五〇万九二三六円

原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、入院中はもとより自宅で療養中も、日常生活のため紙おむつ等の消耗品、雑貨品等を使用しなければならないところ、これに要する費用は、一日当たり一二〇〇円を下らない。

ところで、平成六年簡易生命表によると、同年において満一八歳である男子の平均余命は五九年間である(小数点以下切捨て)から、原告純司は満七七歳まで生存すると考えられるところ、本件事故時(満一二歳)から満七七歳までの六五年間の入院雑費及び療養雑費について、新ホフマン方式(係数28.5599)により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、一二五〇万九二三六円となる。

(2) 付添看護費

一億一四六六万七九九九円

原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、入院中はもとより自宅で療養中も、終日付添看護を要する状態にあるところ、これに要する費用は、一日当たり一万一〇〇〇円を下らない。

そこで、右(1)の入院雑費及び療養雑費と同様、本件事故時から六五年間の付添看護費について、新ホフマン方式(係数28.5599)により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、一億一四六六万七九九九円となる。

(3) 逸失利益

一億一九四〇万三三一〇円

前記のとおり、原告純司は、本件事故当時、健康な男子小学生であったから、同事故に遭わなければ、満一八歳から満六七歳までの間、少なくとも平均的な労働者の得べかりし収入を得ることができたというべきところ、前記のような傷害及び後遺障害のため、生涯就労できない状態にあり、その労働能力喪失率は、一〇〇パーセントと見るべきである。

そこで、原告純司の基礎収入を五四九万一六〇〇円(平成五年度賃金センサス第一巻・第一表、産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢平均)として、原告純司が就労可能となる平成六年から満六七歳となる平成五五年までの四九年間の逸失利益について、新ホフマン方式(本件事故が発生した昭和六三年から平成五五年までの五五年の係数は26.0723、本件事故が発生した昭和六三年から平成五年までの五年間の係数は4.3294)により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、一億一九四〇万三三一〇円となる。

(4) 通院交通費二五三万一八四〇円

原告俊彦又は同知美は、原告純司が前記のとおり産業医科大学病院に入院中、その入浴やリハビリテーション等の付添看護のため、自宅と北九州市所在の同病院との間を少なくとも一七二回往復した。

ところで、一回の往復に要する交通費は、一万四七二〇円であった(新幹線回数券の往復分一万二三四〇円、自宅から広島駅までのバス代金一八〇円、北九州市の最寄り駅と同病院との間の往復タクシー代金一二〇〇円、広島駅から自宅までのタクシー代金一〇〇〇円)から、原告俊彦又は同知美が右付添看護のために要した交通費は、二五三万一八四〇円となる。

(5) 装具等代金一五六万三七八九円

原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、次のような装具等代金を要した。

装具(原告純司の負担分は二割)

三万六九六六円

ロフストランドクラッチ(杖)

五一五〇円

車椅子 四万一六〇〇円

自動車 一三六万五三二〇円

訓練用自転車 三万〇六九四円

ベッド 五万五四〇〇円

暖房器具 二万八六五九円

(6) 家屋改造費 一〇〇〇万円

原告らは、現在、国家公務員宿舎に居住しているが、原告俊彦が定年を迎えたときには、右宿舎を退去しなければならず、通常の家屋を改造する必要がある。

右改造の内容としては、車椅子で室内外を移動することができるように玄関にスロープ又はリフトを設置すること、車椅子で室内を移動することができるように廊下を拡幅したり、廊下相互や廊下と居室との間の段差をなくすこと、車椅子で使用できるような便所、風呂場、洗面所等を設置すること、原告純司をベッドから車椅子へ、車椅子から便所、風呂場等へそれぞれ移動させるための天井走行リフトを設置すること等があげられる。これらの改造に要する費用は、本件事故と相当因果関係があるものであり、少なくとも一〇〇〇万円を下らない。

(7) 慰謝料 三〇〇〇万円

前記のとおり、原告純司は、本件事故当時、健康な男子小学生であったが、前記のような傷害及び後遺障害のため、勉学も放棄せざるを得なくなり、夢多き青春時代を奪われてしまった。原告純司の精神的苦痛は、死亡した場合に勝るとも劣らないほど重大なものであり、それに対する慰謝料としては、少なくとも三〇〇〇万円が相当である。

(8) 弁護士費用 一一七九万円

原告純司は、本件訴訟代理人弁護士に委任して本件訴訟を提起したが、その弁護士費用としては、少なくとも一一七九万円が認められるべきである。

よって、原告純司は、被告に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)、国家賠償法一条一項又は同法二条一項に基づき、右損害額合計三億二四六万六一七四円から前記損害てん補額一八九〇万円を控除した残損害額二億八三五六万六一七四円の内金一億五六二〇万一八九九円及びこれに対する本件事故当日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 原告俊彦及び同知美の損害

(1) 慰謝料 各五〇〇万円

前記のとおり、原告俊彦及び同知美は、原告純司の両親であるところ、同原告が本件事故により前記のような傷害及び後遺障害を負ったため、同原告が死亡した場合に勝るとも劣らないほど重大な精神的苦痛を受けたが、それに対する慰謝料としては、少なくとも各自五〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用各四九万五〇〇〇円

原告俊彦及び同知美は、本件訴訟代理人弁護士に委任して本件訴訟を提起したが、その弁護士費用としては、少なくとも各四九万五〇〇〇円が認められるべきである。

よって、原告俊彦及び同知美は、被告に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)、国家賠償法一条一項又は同法二条一項に基づき、それぞれ右損害額合計五四九万五〇〇〇円及びこれに対する本件事故当日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  過失相殺

被告の過失相殺に関する主張は争う。

四  被告の主張

1  債務不履行(安全配慮義務違反)又は国家賠償法一条一項

(一) 原告らの主張1の(一)について、本件指導教諭らが本件事故当時、早稲田小学校に勤務する地方公務員であり、職務として本件水泳練習の指導に当たっていたことは認め、その余は否認ないし争う。

(二) 原告らの主張1の(二)について、水泳が生命の危険を伴う運動であること、逆飛び込みの指導に当たる教諭としては、事故の発生を防止するため、段階的な指導を行うことが必要とされていること、本件プールには、その北側及び南側に水面からの高さ約四〇センチメートルの飛び込み台が各六個ずつ設置されていたこと、本件事故が発生した本件プール北側の飛び込み台直下の水深は、満水時の状態において北側が約九〇センチメートル、南側が約八〇センチメートルであったことは認め、その余は否認ないし争う。

なお、本件事故当日は、給水を行いながら本件水泳練習が実施されたため、本件プールは、同事故発生時にも満水状態であった。

(三) 原告らの主張1の(三)について、本件指導教諭らが踏み切りから入水までの距離を伸ばすための練習方法として、本件飛び込み指導を実施したことは認め、その余は否認ないし争う。

そして、本件飛び込み指導は、本件プール南側の飛び込み台を使用して実施されたが、南西側及び南東側の手すり(別紙図面参照)を使用して、ゴムホースの一方の端を南東側の手すりの飛び込み台に近い方の手すりに結び付け、他方の端を南西側手すりの飛び込み台に近い方の手すりにいったん巻き付け、更に本件指導教諭らのうちの一人が引っ張って、ゴムホースを東西に張り渡していた。このため、本件飛び込み指導において、飛び込み台から前方に張ったゴムホースまでの距離は、約一一〇センチメートルであり、水面上からゴムホースまでの高さは、ゴムホースがプールの中央付近でたるんでいたため、同所付近で約三〇センチメートルと最も低く、両方のプールサイドに向かって徐々に高くなり、プールサイド付近で五十数センチメートルないし約六〇センチメートルであった。

本件飛び込み指導は、具体的な文献の記載に依拠して実施されたものではないが、逆飛び込みにおいて、入水地点がプールサイドに近すぎると、水中深くまで進入する危険があるため、遠くへ飛び込ませることを目的として、昭和五五年度に早稲田小学校が創立された後、二、三年のうちに、森本教諭において、その指導経験に基づき、九月の課外指導にこれを取り入れ、その後毎年実施されてきたものであり、個々の児童の能力及び技能に応じた段階的なものであった。

そして、本件指導教諭らは、原告純司に対し、昭和六二年度において、数日間本件飛び込み指導を実施し、同原告は、一日当たり一〇回程度、同指導に従った逆飛び込みをした。また、本件指導教諭らは、原告純司に対し、昭和六三年度において、同年九月一日、同月二日及び本件事故当日の三回にわたって、本件飛び込み指導を実施し、同原告は、一日当たり一〇回程度、同指導に従った逆飛び込みをした。

なお、本件水泳練習に参加した児童は、皆、本件飛び込み指導に従って、上手に逆飛び込みをしていた。

他方、原告純司は、小学校低学年のころからスイミングスクールに通い、早稲田小学校の水泳練習において、他の児童の模範として泳ぎを行うことがあるなど、水泳には習熟しており、本件指導教諭らの指導を受けるまでもなく、逆飛び込みの技術を十分習得していた。

したがって、本件飛び込み指導は、一般的に見ても、原告純司個人に照らして見ても、適切なものであったというべきである。

(四) 原告らの主張1の(四)について、本件事故当時、本件飛び込み指導に使用されたゴムホースが取りはずされていたことは認め、その余は否認ないし争う。

なお、本件指導教諭らは、児童に対し、以前から、教諭の指導のないまま逆飛び込みをすることを禁止しており、現に、本件事故が発生するまでの間、本件作業中に逆飛び込みを行う児童は一人もいなかった。そして、原告純司は、普段から聞き分けの良い子であり、右指示を守っていた。ところが、原告純司は、最初本件作業に従事したものの、吉村、橋本、林及び阿江の四名の児童とともに、本件プール中央付近で遊び始めたため、これに気付いた中村教諭において、本件プール南西側のプールサイドから、遊びをやめて本件作業を手伝うよう再三注意したが、原告純司らは、この注意を聞き入れず、更に本件プール北側で逆飛び込みを始め、結局、本件事故に至ったものである。

そして、原告純司は、本件事故の際、「ラスト、ラスト。」、「いかに水しぶきの立たんように飛んでやる。」と言って、普段より高く飛び込みをしたものであり、本件指導教諭らの指導のもとで従前行っていた逆飛び込み(本件飛び込み指導に基づく逆飛び込みを含む。)とは異なった異常な方法で逆飛び込みをしたものである。

したがって、本件指導教諭らが本件事故を予見することはできなかったというべきであるから、同教諭らに債務不履行(安全配慮義務違反)上又は国家賠償法一条一項の過失はなかったというべきであるし、また、本件飛び込み指導と本件事故との間に因果関係はないというべきである。

2  国家賠償法二条一項

(一) 原告の主張2の(一)は認める。

(二) 原告の主張2の(二)について、本件プールは、被告の設置、管理する他の小学校にあるプールや諸文献に説明されているプールと比較しても、構造上特に差のない極めて標準的なものであり、また、本件事故当日は、給水を行いながら本件水泳練習が実施されたため、同事故発生時にも満水状態であった。

なお、財団法人日本水泳連盟がプール公認規則で定めた標準プールの基準は、水泳競技に使用されるプールの公認及び認定の基準を定めることを目的とするものであり、水泳の技術の未熟な児童も対象とする小中学校用プールの安全性の判断基準として、そのまま妥当するものではない。

したがって、本件プールは、小学校のプールとして通常有すべき安全性を欠いたものであるとはいえず、その設置、管理に瑕疵があったとはいい難い。

3  損害

損害額に関する原告らの主張は否認ないし争う。

なお、原告純司の損害について、将来の療養雑費、付添看護費及び逸失利益を求めるに当たっては、新ホフマン方式ではなく、ライプニッツ方式によるべきである。また、療養雑費については、前記のとおり原告純司が日本体育・学校健康センターから療養に要する費用及び療養に伴って要する費用として支払を受けた合計一五二万〇二五五円を控除すべきである。そして、付添看護費については、原告純司が受傷した当初から、職業的付添人を依頼するのに相当な一日当たり一万一〇〇〇円もの付添看護費を要したものとはいい難い。さらに、通院交通費については、原告純司の治療上、当然に必要な看護に伴うものかどうか疑問であるし、四回のうち一回は、同原告の勉学を見に行ったものであるから、これに相当する通院交通費は、本件事故と因果関係のあるものとはいえない。また、装具等代金についても、そのすべてが本件事故と因果関係のあるものとはいえない。

4  過失相殺

前記のとおり、原告純司は、小学校低学年のころからスイミングスクールに通い、早稲田小学校の水泳練習において、他の児童の模範として泳ぎを行うことがあるなど、水泳には習熟しており、本件指導教諭らの指導を受けるまでもなく、逆飛び込みの技術を十分習得していたから、高く飛び上がり、大きな角度で入水することの危険性を知り得たはずであり、危険を回避する義務があったというべきであるところ、本件指導教諭らが逆飛び込みを禁止していた時間帯に、指導されていない危険な逆飛び込みをあえて行ったものというべきである。

したがって、本件事故は、いわば原告純司の自己責任によるものといっても過言でなく、同原告の過失が極めて大きいというべきであるから、大幅な過失相殺が認められるべきである。

第三  判断

一  本件の事実関係(前掲の事実については各事実の末尾に「前記のとおり」と、争いのない事実については各事実の末尾に「争いがない。」とそれぞれ摘示し、争いのある事実ついては各事実の末尾に認定に供した証拠を摘示した。)

1  本件プールについて

(一) 本件プールの形状

本件プールは、昭和五五年、早稲田小学校の創立と同時に設置された南北二五メートル、東西10.4メートルのプールであり、その南側及び北側のプールサイドにそれぞれ六個ずつ飛び込み台が設置されている。満水時の水深は、約八〇センチメートルないし約一一〇センチメートルであり、最深部(水深約一一〇センチメートル)は、プールサイドの南北両端から12.5メートルのプールのちょうど中央の位置にあり、飛び込み台直下の水深は、南側が約八〇センチメートル、北側が約九〇センチメートルで、南北とも中央の最深部に向かって徐々に深くなっている。飛び込み台は、縦横各約四〇センチメートルで、その高さは、プール側の満水面で約三六センチメートル、プールサイド側で約四〇センチメートルである(本件プールには、その北側と南側に高さ約四〇センチメートルの飛び込み台がそれぞれ六個ずつ設置されていること、北側の飛び込み台直下の水深が約九〇センチメートル、南側の飛び込み台の直下の水深が約八〇センチメートルであることは争いがない。その余の事実について、甲一二二、一三六の一ないし九、一四六、乙一、検証の結果)。

(二) 本件プールの水量調節

本件プールは、毎分0.37立方メートルないし0.73立方メートルの給水能力を備えたものであり、給水栓ハンドルを回転させることによって給水能力を調節することになっている。水泳練習を実施する際には、本件プールを常時満水の状態に保つため、給水栓ハンドルをほぼ一回転させた位置に調節して給水するのが通常であり、本件事故当日も同様の方法によって給水していた(乙二五の一ないし三、証人森本(第一回))。

なお、証人森本(第一、第二回)、同中村及び同井道は、水泳練習を実施する場合には、本件プールを常時満水の状態に保つよう水深管理を行っていた旨証言するが、これを裏付ける確たる証拠はなく、証拠(甲一〇六、一〇七)に弁論の全趣旨を総合すれば、本件水泳練習が終わった本件事故当時、本件プールの水深がある程度減じていた可能性も否定できないことが認められる。

2  原告純司の体位、水泳力について

(一) 原告純司は、本件事故当時、早稲田小学校の第六学年に在籍していたが(前記のとおり)、昭和六三年四月の身体測定において、その身長は一五一センチメートル、体重は四七キログラムであった。同年度における小学校第六学年の男子の平均身長は144.1センチメートル、平均体重は37.4キログラムであったから、原告純司は、身長・体重とも体格の大柄な児童であった(甲二二、七六、一四六、原告純司本人)。

(二) 原告純司は、小学校第三学年のころから本件事故当時まで約三年間、スイミングスクールに通い、早稲田小学校の水泳練習において、他の児童の模範として泳ぎを行ったり、第五学年のとき、広島市小学校児童水泳記録会に出場して優秀記録賞を受賞したことがあった(原告純司が小学校低学年のころからスイミングスクールに通っていたこと、同原告が早稲田小学校の水泳練習において、他の児童の模範として泳ぎを行ったことがあることは争いがない。その余の事実について、甲一四六、乙八、証人森本(第一回)、原告純司本人)。

なお、原告純司は、後記3の(一)の早稲田小学校における三つの水泳指導について、授業の基本的な水泳指導を別とすると、夏休みの水泳指導については第四学年から第六学年まで三年間、九月の課外指導については第五学年と第六学年(本件水泳練習)の二年間それぞれ参加した(甲二〇、証人森本(第一回)、原告純司本人)。

3  本件水泳練習について

(一) 本件水泳練習の位置付け

早稲田小学校における昭和六三年度の水泳指導としては、児童全員を対象とした授業における基本的な水泳指導、第四学年以上で二五メートル以上泳げる者のうち希望者を対象とし、泳力の向上を目的として実施された夏休みの水泳教室、第五学年以上で同年九月一一日に開催が予定されていた広島市小学校児童水泳記録会の出場予定者として選抜された児童を対象とし、各自の出場種目を中心に泳力の向上を目的として実施された同月の放課後の課外指導の三つがあった。本件水泳練習は、右の三つの水泳指導のうち、第三番目に当たるものである。本件事故当日は、同月一日及び同月二日に続いて、三日目の練習日であった(甲二〇、証人森本(第一回)、同井道及び同亀岡、原告純司本人)。

(二) 本件水泳練習の参加者

本件水泳練習の指導に当たっていたのは、本件指導教諭ら、すなわち、森本、中村、井道及び亀岡の四名の教諭であった(前記のとおり)。

他方、本件水泳練習に参加した児童は、原告純司、吉村、橋本、林及び阿江を含む第六学年の児童一四名であった(前記のとおり)。原告純司、吉村、橋本、林及び阿江のほかの児童は、原田恵子、竹本裕美、西村香保里、有本貴志、横山康弘、宇治原史規、遠島寛子、田坂和博及び清田聖史であった(甲一四六、乙一、二の五ないし一一)。

(三) 本件水泳練習の内容

本件事故当日、午後一時五五分ころからコースロープを張り始め、午後二時五分ころから午後二時一〇分ころまでの間、二五メートルを軽く泳ぎ、午後二時一〇分ころから午後二時四〇分ころまでの間、各自の出場種目及びリレーのタイムを計り、午後二時四〇分ころから午後三時一〇分ころまでの間、一五〇〇メートルを泳ぎ、午後三時一〇分ころから午後三時二〇分ころまでの間、逆飛び込みの練習をした。そして、午後三時二〇分ころから自由時間(自由水泳)となった(甲一四六、乙一、乙八、証人森本(第一回))。

(四) 本件飛び込み指導

(1) 本件飛び込み指導の内容

本件飛び込み指導は、本件プール南側の第二コースないし第五コース飛び込み台を使用して実施されたが、本件指導教諭らは、踏み切りから入水までの距離を延ばすための練習方法として、児童に対し、本件飛び込み指導、すなわち、飛び込み台から前方に一定の距離をおいた水面上の中空にゴムホースを張り、そのゴムホースを越えて飛び込む指導方法を実施した(本件飛び込み指導は、本件プール南側の飛び込み台を使用して実施されたこと、本件指導教諭らは、踏み切りから入水までの距離を延ばすための練習方法として、児童に対し、本件飛び込み指導を実施したことは争いがない。その余の事実について、証人森本(第一回))。

ところで、前記のとおり本件飛び込み指導におけるゴムホースの張り方等について争いがあり、原告らは、ゴムホースの張り方は、本件プールの南西側及び南東側の各手すり(別紙図面参照)にそれぞれ二号又は三号の授業机を接して固定した上、本件指導教諭らが机の天板上にゴムホースを東西に張り渡すというものであったと主張し、証拠(甲二〇、二九ないし三三、証人吉村及び同橋本、原告純司本人)の中には右主張に沿う部分がある。

しかしながら、原告純司本人も、その本人尋問において、第一コース側には机があったのを何となく覚えているが、それ以外はよく覚えていない旨供述しているところであり、また、本件飛び込み指導に当たった森本教諭は、その証人尋問において、本件プールの南東側及び南西側にある手すりにゴムホースを巻き付けて張ったのであって、机を使って張ったような記憶はない旨供述しており、中村及び井道の各教諭も同旨の供述をしており、これらの供述に加えて、原告ら主張の張り方に依った場合、飛び込み台から前方に張ったゴムホースまでの距離は、128.0センチメートルないし138.0センチメートルであり、水面上からゴムホースまでの高さは、52.0センチメートルないし58.0センチメートルであるところ(検証の結果)、本件プールの飛び込み台の高さは、プール側の満水面で約三六センチメートルであるから、ゴムホースが飛び込み台よりもなお約一六センチメートルないし約二二センチメートル高いことになり、この方法に従って逆飛び込みを行うとすれば、相当危険な逆飛び込みとなることが推認されることなどを併せ考慮すると、原告ら主張に沿う前記各供述及び記載部分は、これを直ちに採用することが困難というべきである。

そして、前記各証拠(乙八、証人森本(第一、第二回)、同中村及び同井道)によれば、ゴムホースの張り方は、本件プール南西側及び南東側の手すり(別紙図面参照)のいずれも飛び込み台から遠い北側の手すりを使用して、ゴムホースの一方の端を南東側の手すりに結び付けた上、他方の端を南西側の手すりにいったん巻き付け、更に本件指導教諭らのうちの一人が引っ張って、ゴムホースを東西に張り渡したことが認められる。なお、証人森本は、その証人尋問(第一回)において、原告ら代理人の質問に対して、南西側及び南東側の手すりのいずれも飛び込み台から遠い手すりにゴムホースを結んだ旨供述し、その後の被告代理人の質問に対しては、飛び込み台に近い方の手すりに結んだ趣旨の供述をしているが、後者の供述部分は、その供述の経過等からして、採用できない。

そこで、右認定の張り方に依った場合の飛び込み台からゴムホースまでの距離及び水面からゴムホースまでの高さについてみるに、証拠(検証の結果)によれば、飛び込み台から前方に張ったゴムホースまでの距離は、第二コースから第五コースまでの間で147.0センチメートルないし153.5センチメートルであり、水面からゴムホースまでの高さは、第二コースから第五コースまでの間で31.0センチメートルないし36.5センチメートルであることが認められる。

ところで、ゴムホースを張る場合、張り方の強弱によって水面上の高さが異なることが明らかであり、本件検証時におけるゴムホースの張り方は、本件飛び込み指導時の張り方の度合いをそのまま再現したものとは認められないから、右検証の結果をもって直ちに本件飛び込み指導におけるゴムホースの水面からの高さと見るのは相当でなく、証拠(証人森田(第一、第二回))によれば、本件事故当日におけるゴムホースの水面からの高さについて、第二コース及び第五コースの位置で飛び込み台より若干高く、四十余センチメートルであったこと、このゴムホースはプールサイドの掃除をするときに使用するもので、蛇口に取り付けてあり、そのためホースの中に水が溜まっており、その重みでホースが垂れ下がることが認められる。

右認定の事実に前記検証の結果により認められる距離、高さ関係を総合すると、本件飛び込み指導時において、飛び込み台からゴムホースまでの距離は一五〇センチメートル前後、ゴムホースの水面上の高さは、第二コースから第五コースまでの間で四十余センチメートルないし三一センチメートルであったものと推認するのが相当である。

(2) 本件飛び込み指導の根拠、同指導を取り入れた時期等

本件飛び込み指導は、具体的な文献に依拠して実施されたものではないが、逆飛び込みにおいて、入水地点がプールサイドに近すぎると、水中深くまで進入する危険があるため、遠くへ飛び込ませることを目的とするもので、森本教諭において、その指導経験に基づき、九月の課外指導にこれを取り入れたものである(乙八、証人森本(第一、第二回))。

ところで、前記のとおり、森本教諭において本件飛び込み指導を取り入れた時期については争いがあるところ、証拠(甲二〇、二九ないし三三、五三、五五、五六、六〇ないし六四、証人吉村及び同橋本、原告純司本人)に弁論の全趣旨を総合すれば、本件飛び込み指導は、本件事故当日に初めて実施されたと認めるのが相当である。

被告は、昭和五五年度に早稲田小学校が創立された後、二、三年のうちに、森本教諭において九月の課外指導に本件飛び込み指導を取り入れ、その後毎年実施されてきたものであるなどと主張し、証拠(乙八、九、証人森本(第一、第二回)、同中村及び同井道)の中には右主張に沿う部分があるが、右各証拠は、具体的な裏付けを欠くものであり、前記各証拠に照らしても採用できない。

(3) 本件飛び込み指導時の状況

本件飛び込み指導の内容は、前記のとおりであったが、本件水泳練習に参加した児童の中には、本件飛び込み指導に従って逆飛び込みをすると、ゴムホースに足を引っかけたり、プールの水底で顔面、腹部、頭部等を打つのではないかという恐怖心を抱き、逆飛び込みをためらう者もいた(甲二〇、二九ないし三二、五五、証人森本(第一回)、同中村、同吉村及び同橋本、原告純司本人)。そして、本件飛び込み指導において、実際に何人かの児童がプールの水底で顔面、腹部、頭部等を擦った(甲二〇、二九ないし三二、五五、五七、証人吉村及び同橋本、原告純司本人)。

被告は、本件飛び込み指導において児童がうまく逆飛び込みをしていた旨主張し、証拠(乙八、九、証人森本(第一回)、同中村、同井道及び同亀岡)の中には右主張に沿う部分があるが、前記各証拠に照らして採用できない。

4  本件事故について

(一) 本件事故当時の周囲の状況

(1) 本件作業

森本教諭は、前記自由時間(自由水泳)が始まって約二分ぐらいした後、本件プール南側のプールサイドから、全児童に対し、自由時間(自由水泳)を終えるので、遊ばずに全員で本件作業、すなわち、コースロープを引き上げて格納する作業を行うよう指示した。そこで、本件指導教諭ら及び全児童が本件作業に入った(証人森本(第一回)、同中村及び同井道)。

本件作業は、本件プール南側のコースロープの留め金を緩めて、コースロープをたるませ、プール北側のフックを外した後、コースロープをプール南側のプールサイドから引き上げ、これをプールの南西側にある倉庫へ格納するというものであった(甲二〇、二九ないし三二、証人森本(第一回)、同中村及び同吉村、原告純司本人)。

本件事故当日は、本件水泳練習に参加した児童のうち、原告純司、吉村、橋本、林及び阿江の五名の児童が本件プール北側でフックを外す作業に従事し、その余の児童が同プール南側でコースロープを引き上げ、これを倉庫へ格納する作業に従事した(甲二〇、二九ないし三二、乙一、二の一ないし一一、証人吉村、原告純司本人)。

(2) 本件作業中における水泳、注意等

本件作業中、原告純司、吉村、橋本、林及び阿江の五名の児童が水泳を再開し、原告純司、吉村、橋本及び林の四名の児童が本件プール北側で逆飛び込みを始めた(前記のとおり)。なお、阿江は、背泳の選手であったため、逆飛び込みはせず、本件プール内で背泳のスタートの練習をしていた(甲三一、六六、乙二の四)。

右の間、中村教諭において、原告純司、吉村、橋本、林及び阿江の五名の児童が水泳を再開したことに気付いたため、本件プール南西側のプールサイドから、水泳をやめて本件作業を手伝うよう注意した(甲二九、六五、乙二の三、五、七ないし一〇、証人森本(第一回)、同中村及び同吉村)。

本件作業の当番に当たっていない児童や当番に当たっていても各自の仕事を終えた児童は、以前から、本件作業中にも逆飛び込みを含めて水泳の練習をしていたことがあった(甲二〇、二九ないし三二、五五、乙二の一一、証人森本(第一回)、同中村、同吉村及び同橋本、原告純司本人)。

被告は、児童が本件作業中に逆飛び込みをすることを禁止しており、現に、本件事故が発生するまでの間、本件作業中に逆飛び込みをする児童は一人もいなかった旨主張し、証拠(乙八、九、証人森本(第一回)、同中村、同井道及び同亀岡)の中には右主張に沿う部分があるが、証拠(甲一四六、証人中村及び同井道)によれば、原告純司は、普段から聞き分けの良い子であり、本件事故に至るまで水泳の練習中に注意を受けたことはなかったことが認められることに加え、前記各証拠に照らしても採用できない。

(二) 本件事故の具体的な状況

本件事故の具体的な状況は、前記第二「事案の概要」の一の2の(二)のとおりである。

二  被告の責任の有無について

まず、債務不履行(安全配慮義務違反)又は国家賠償法一条一項について判断する。

1  本件指導教諭らが本件事故当時、早稲田小学校に勤務する地方公務員であり、職務として本件水泳練習の指導に当たっていたことは当事者間に争いがない。

また、前記のとおり、原告純司は、本件事故当時、早稲田小学校の第六学年に在籍していたから、原告らと被告は、原告純司が同小学校に入学した際、同原告に学校教育を受けさせることを目的とする在学契約を締結したものということができ、被告は、原告らに対し、右契約に基づき、学校教育法に則って原告純司を教育する義務を負うとともに、その付随的義務として、同原告の生命、身体等に危険が及ばないよう物的、人的設備を整備し、もって同原告の安全を保護すべき、いわゆる安全保護義務があったというべきである。

2  水泳(逆飛び込み)の指導に当たる教諭の一般的注意義務について

水泳(逆飛び込み)の指導に当たる教諭の一般的注意義務に関する原告らの主張は前記のとおりであるところ、被告においても、水泳が生命の危険を伴う運動であり、逆飛び込みの指導に当たる教諭としては、事故の発生を防止するため、段階的な指導を行うことが必要とされていること自体は自認しており、当裁判所としても、諸文献(甲一ないし一六、二七、一二八ないし一三三、一三七、一四〇の一ないし四)の記載内容に照らして、原告らの主張を肯認することができる。

3  本件プールに即した本件指導教諭らの注意義務について

本件プールの形状及び水量調節については前記のとおりであるところ、右事実から、直ちに、本件プールが通常有すべき安全性を欠いたものであり、国家賠償法二条一項にいう設置、管理の瑕疵があったといえるかどうかはさておき、少なくとも、原告らの主張するとおり、本件プールにおいて水泳(逆飛び込み)の指導に当たる本件指導教諭らとしては、前記のような本件プールの形状及び水量調節(これらによって規定される水深)を前提として、児童に対して危険性を十分告知するとともに、児童の体位や技能等に応じた適切な指導方法をとり、もって事故の発生を防止すべき高度の注意義務を負っていたというべきである。

4  本件飛び込み指導の指導方法について

そこで、以上2及び3を踏まえて、本件飛び込み指導が適切な指導方法であったかどうかについて検討する。

(一)  前記のとおり、本件飛び込み指導は、逆飛び込みにおいて、入水地点がプールサイドに近すぎると、水中深くまで進入する危険があるため、遠くへ飛び込ませることを目的とするものであるところ、右のような運動学的知見自体については、諸文献(甲二ないし七、九、七二、九九の二、一三二、一三三、一四四、乙三〇)の記載内容に照らして、これを採用することができる。

そして、証拠(甲一一四、一一七、一二九、乙二九、三四、三五)によれば、諸文献の中には、右のような運動学的知見から、遠くへ飛び込ませるための指導方法として、入水地点をつかませるために何らかの目印を設ける方法が有益である旨説明するものも存し、特に、乙二九(田口信教の意見書)は、本件飛び込み指導は、遠くへ飛び込ませて入水を浅くするための方法として効果的な方法である旨指摘している。

(二)  しかしながら、前記のとおり、本件飛び込み指導は、具体的な文献に依拠して実施されたものではないところ、証拠(甲九、一一、一二、一一〇、一一四、一一九、証人武藤芳照(以下「武藤」という。)、鑑定の結果)に弁論の全趣旨を総合すれば、本件飛び込み指導は、学校体育の中の水泳指導、競技水泳の中の指導等を含め、一般的な指導方法として確立されたものでないこと、本件プールにおいて、原告純司のような児童に対し、本件飛び込み指導を実施した場合、前方中空にある障害物を飛び越えて、更に足が引っかからないように入水することを意図するために、通常のスタート動作の場合と比べてより高い空中姿勢をとろうと飛び込み台を蹴り、その力をもって通常よりも高くより長い軌跡を描いて障害物を飛び越えることになるが、その後、その高さから全身がそのまま落下するような形でいわゆる腹打ちで入水するか、軌跡の流れに即して、手先、腕、肩、体幹、脚、足の順に入水するかのいずれかとなり、後者では、自然な形で入水角が大きくならないで、入水深度も深くならず水上に上がる場合と、入水角が大きくなり、入水深度も深くなる場合とがあり、時によっては、水底で身体の一部が接触したり、頭部を衝突したりする危険性を招くことになること、本件飛び込み指導は、いわゆるパイク(エビ形)スタートの練習方法と類似しているところ、パイクスタートは、遠くへ高く飛び出すことにより、高い所からの位置エネルギーを前進速度で生かすため、かなり深い角度で入水するのを特徴とし、入水角が大きいだけに水底に頭部を衝突させる危険性が高い飛び込み方法とされていること、したがって、パイクスタートは、浅いプールで行ってはならず、初心者や一般クラスの人々には不適切な技術とされていることが認められる。

もっとも、証拠(証人森本(第二回)、同井道及び同亀岡)の中には、本件飛び込み指導に従った逆飛び込みは、通常の安全な逆飛び込みであるとする部分が存するが、具体的な裏付けを欠くものであり、前記各証拠に照らしても採用できない。

そして、前記のとおり、本件飛び込み指導は、本件事故当日に初めてされたものである上、本件飛び込み指導時の状況は、前記のとおりであった。

なお、遠くへ飛び込ませるための指導方法として、入水地点をつかませるために何らかの目印を設ける方法が有益である旨説明する前記諸文献にしても、水面上に目印を設ける指導方法をあげるものが一般であるし、乙二九(田口信教の意見書)の指摘については、その作成者が元オリンピック選手で、卓越した水泳技術の持ち主であることに照らすと、これをそのまま一般化して考えることは相当でないというべきである(なお、証人武藤も同様の証言をしている。)。

(三)  以上検討したところによれば、本件飛び込み指導が水泳指導方法として適切なものであったとはいい難く、本件指導教諭らには、本件飛び込み指導を実施したこと自体について前記注意義務に反する過失があったものと認めるのが相当である。

5  本件事故が本件作業中に起こったこと等について

(一) まず、前記のとおり、本件事故は、本件作業中に起こったものであり、中村教諭は、原告純司、吉村、橋本、林及び阿江の五名の児童が本件作業中に水泳を再開したことに気付いたため、本件プール南西側のプールサイドから、水泳をやめて本件作業を手伝うよう注意した。

しかしながら、前記のとおり、本件作業の当番に当たっていない児童や当番に当たっていても各自の仕事を終えた児童は、以前から、本件作業中にも逆飛び込みを含めて水泳の練習をしていたことがあった。そして、証拠(甲二〇、二九、三〇、五五、五七、六五、乙二の一一、原告純司本人)によれば、早稲田小学校においては、一般に、水泳練習を終える場合には、本件作業が終わった後、プールサイドに教諭及び児童が全員集合して整理体操を行い、教諭が児童に対し、水泳の技術を指導し次回の練習予定を告知した上、解散の指示をするのが通常であった(ただし、本件事故当日に限っては、逐次解散が行われた。)ことが認められる。

そうすると、本件指導教諭らにおいて、本件事故を予見することが全く不可能であったとはいい難く、また、前記のとおり、単に口頭で遊びをやめて本件作業を手伝うよう注意しただけでは、本件指導教諭らにおいてその注意義務を尽くしたとはいえないと認めるのが相当である。

(二) 次に、前記のとおり、本件事故当時、本件飛び込み指導に使用されたゴムホースは取りはずされていたところ、被告は、原告純司が本件指導教諭らの指導のもとで従前行っていた逆飛び込み(本件飛び込み指導に基づく逆飛び込みを含む。)とは異なった異常な方法で逆飛び込みをした旨主張する。

そして、証拠(乙二の一、二六、二九、証人武藤、鑑定の結果)の中には、被告の右主張を裏付けるような部分が存する。すなわち、原告純司が本件事故によって受けた前記傷害に、右各証拠のうち、乙二六、証人武藤、鑑定の結果を総合すれば、本件事故当時の原告純司の入水方法は、入水角が大きく、ほぼ垂直に近い形で入水し、頸部は屈曲され、両手は体幹腹部に入り、両脚は股関節部で曲げられた姿勢を取ったと推察されることが認められるところ、乙二九(田口信教意見書)は、故意に両手首を下に曲げて回転するように飛び込みを行った場合、あるいは、頭を極端に下げ、おへその見えるほど曲げた状態で入水角の大きい飛び込みを行った場合などには、後頭部をプールの底で打つような回転運動となる可能性があるが、本件飛び込み指導による逆飛び込みを行ったとすれば、後頭部を打つような回転運動となることはなく、本件事故は、原告純司が本件飛び込み指導と異なる入水角の大きい逆飛び込みを行ったことが原因と考えられる旨指摘している。また、乙二の一(橋本の作文)によれば、本件事故の際、原告純司が、「ラスト、ラスト。」、「いかに水しぶきが立たんように飛んでやる。」と言って、逆飛び込みをしたことが認められる。

しかしながら、前記のとおり、本件飛び込み指導が終わった後、本件事故に至るまでの時間は、約一〇分間であった。そして、証拠(甲二〇、二九ないし三二、証人森本(第二回)及び証人吉村、原告純司本人)によれば、児童は、森本教諭から、「スタートのときは、いつもロープが張られていると思って、それを飛び越えるつもりで飛び込むように。」と指導されていたこと、原告純司らが逆飛び込みの練習を再開したのは、本件飛び込み指導において、うまくゴムホースを飛び越えられなかったからであることが認められる。また、本件事故の際、原告純司が、「ラスト、ラスト。」、「いかに水しぶきが立たんように飛んでやる。」と言って逆飛び込みをした事実から、直ちに原告純司が本件飛び込み指導に基づくのと異なった異常な方法で逆飛び込みをしたと即断することは困難であり、同原告が本件飛び込み指導に従った逆飛び込みをした場合にも、右のような結果になる可能性があることは否定できない。むしろ、証拠(甲一一三、一一九、一二五、一二八)によれば、「水しぶきが立たんように飛んでやる。」というのは、腹打ちをしない適切な逆飛び込みを目指したものともいい得ることが認められる。

そうすると、本件飛び込み指導と本件事故との間には因果関係があると認めるのが相当である。

6  以上によれば、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らが本件事故により被った損害を賠償する責任があるというべきである。

三  原告らの損害について

1  原告純司の損害

(一) 入院雑費及び療養雑費

八三九万二五一八円

前記第二「事案の概要」の一の3の事実に、証拠(甲五〇ないし五二、原告純司本人及び同俊彦本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、入院中はもとより自宅で療養中も日常生活のため紙おむつ等の消耗品、雑貨品等を使用しなければならないことが認められるところ、これに要する費用は、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当である。

ところで、平成六年簡易生命表によると、同年に満一八歳である男子の平均余命は五九年間である(小数点以下切捨て)から、原告純司は、満七七歳まで生存すると考えられるところ、原告純司は本件事故当時満一二歳であったから、満七七歳までの六五年間の入院雑費及び療養雑費について、ライプニッツ方式(係数19.1610)により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、八三九万二五一八円となる。

(二) 付添看護費

四一九六万二五九〇円

前記第二「事案の概要」の一の3の事実に、証拠(原告純司本人及び同俊彦本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、入院中はもとより自宅で療養中も、終日付添看護を要する状態にあることが認められるところ、これに要する費用は、一日当たり六〇〇〇円と認めるのが相当である。

そこで、右(一)の入院雑費及び療養雑費と同様に六五年間の付添看護費について、ライプニッツ方式(係数19.1610)により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、四一九六万二五九〇円となる。

(三) 逸失利益

七四四五万四〇一四円

前記のとおり、原告純司は、本件事故当時、満一二歳の健康な男子小学生であったから、同事故に遭わなければ、満一八歳から満六七歳までの四九年間就労可能であると考えられるところ、前記第二「事案の概要」の一の3の事実に、証拠(原告純司本人及び同俊彦本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、生涯就労できない状態にあることが認められ、その労働能力喪失率は、一〇〇パーセントと見るのが相当である。

そこで、平成五年度賃金センサスによれば、産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢平均の年収額は五四九万一六〇〇円であると認められるので、原告純司が本件事故に遭わなければ、右四九年間を通じて毎年右年収額を下らない収入額を得ることができたものと推認されるから、右四九年間の逸失利益について、ライプニッツ方式(被告の主張するとおり、平均賃金を基礎とする場合にはライプニッツ方式を採用するのが相当である。本件事故当時の満一二歳から満六七歳までの五五年間の係数は18.6334、本件事故当時の満一二歳から満一八歳までの六年間の係数は5.0756)により中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、七四四五万四〇一四円となる(円未満切捨て)。

(四) 通院交通費

二五三万一八四〇円

前記のとおり、原告純司は、平成元年五月八日から平成二年三月一〇日までの間、産業医科大学病院に入院してリハビリテーションを受けたところ、証拠(甲三六、四九の一ないし五五、五九、原告俊彦本人)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告俊彦又は同知美は、原告純司が産業医科大学病院に入院中、その入浴やリハビリテーション等の付添看護のため、自宅と北九州市所在の同病院との間を少なくとも一七二回往復したこと、一回の往復に要する交通費は、一万四七二〇円であったこと(新幹線回数券の往復分一万二三四〇円、自宅から広島駅までのバス代金一八〇円、北九州市の最寄り駅と同病院との間の往復タクシー代金一二〇〇円、広島駅から自宅までのタクシー代金一〇〇〇円)が認められる。

もっとも、被告の主張するとおり、証拠(原告俊彦本人)によれば、右通院交通費の中には、原告俊彦又は原告知美が原告純司の勉学を見るために要したものも含まれていることが認められるけれども、原告純司の入浴やリハビリテーション等と、同原告の勉学を見ることが明確に区別できるとは考えにくいし、本件事故が起こっていなければ、同原告が産業医科大学病院に入院しながら勉学する必要はなかったというべきであるから、右通院交通費合計二五三万一八四〇円は、本件事故と相当因果関係あるものと認めるのが相当である。

(五) 装具等代金

一五六万三七八九円

前記第二「事案の概要」の一の3の事実に、証拠(甲三九ないし四八(枝番のあるものについては、すべての枝番を含む。)、原告純司本人及び同俊彦本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告純司は、前記のような傷害及び後遺障害のため、次のような装具等代金合計一五六万三七八九円を要したことが認められる。

(1) 装具(原告純司の負担分は二割)

三万六九六六円

(2) ロフストランドクラッチ(杖)

五一五〇円

(3) 車椅子 四万一六〇〇円

(4) 自動車 一三六万五三二〇円

(5) 訓練用自転車 三万〇六九四円

(6) ベッド 五万五四〇〇円

(7) 暖房器具 二万八六五九円

(六) 家屋改造費 五〇〇万円

前記第二「事案の概要」の一の3の事実に、証拠(原告俊彦本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは、現在、国家公務員宿舎に居住しているが、原告俊彦が定年を迎えたときには、右宿舎を退去しなければならないこと、そうすると、通常の家屋を改造するか、改造を加えた家屋を建築する必要がある。右改造の内容としては、車椅子で室内外を移動することができるように玄関にスロープ又はリフトを設置すること、車椅子で室内を移動することができるように廊下を拡幅したり、廊下相互や廊下と居室との間の段差をなくすこと、車椅子で使用できるような便所、風呂場、洗面所等を設置すること、原告純司をベッドから車椅子へ、車椅子から便所、風呂場等へそれぞれ移動させるための天井走行リフトを設置すること等が想定されることが認められる。

そこで、これらの事情に照らすと、本件事故と因果関係ある改造費用は、五〇〇万円と認めるのが相当である。

(七) 慰謝料 二〇〇〇万円

前記のとおり、原告純司は、本件事故当時、健康な男子小学生であったが、本件事故により前記のような傷害及び後遺障害を負ったものであり、これに諸般の事情を総合すると、同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

(八) 損害小計

以上(一)ないし(七)の損害額合計は、一億五三九〇万四七五一円となる。

2  原告俊彦及び同知美の損害(慰謝料) 各三〇〇万円

原告純司は、本件事故当時、健康な男子小学生であったが、本件事故により前記のような傷害及び後遺障害を負ったものであるから、同原告の両親である原告俊彦及び同知美は、原告純司が死亡した場合に勝るとも劣らないほどの精神的苦痛を受けたことが容易に推認されるところ、これに対する慰謝料としては、それぞれ三〇〇万円が相当である。

四  過失相殺について

前記のとおり、原告純司は、小学校低学年のころからスイミングスクールに通い、早稲田小学校の水泳練習において、他の児童の模範として泳ぎを行ったことがあるなど、水泳には習熟していたことに照らすと、高く飛び上がり、大きな角度で入水することの危険性を知り得たはずであり、危険を回避する義務があったというべきところ、本件指導教諭らの注意を聞き入れず、本件作業中に逆飛び込みを行い、本件事故に至ったものであるから、この点において原告純司には過失があったというべきである。

そこで、原告純司の右のような過失に、本件指導教諭らの前記のような過失、その他諸般の事情を総合すると、原告らの損害の五割を減ずるのが相当である。

そうすると、原告純司の損害額は、七六九五万二三七五円となり(円未満切捨て)、原告俊彦及び同知美の損害額は、それぞれ一五〇万円となる。

五  損害のてん補及び弁護士費用について

1  原告純司の右損害額七六九五万二三七五円から、前記損害填補額一八九〇万円及び一五二万〇二五五円を控除すると、同原告の残損害額は、五六五三万二一二〇円となる。

2  原告らは、本件訴訟代理人弁護士に委任して本件訴訟を提起したが、本件事案の難易、訴訟の経緯、認容額、その他諸般の事情を総合考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告純司について五〇〇万円、原告俊彦及び同知美についてそれぞれ一五万円が相当と認められる。

六  結論

以上によれば、原告らの本件請求は、原告純司につき六一五三万二一二〇円、原告俊彦及び原告知美につきそれぞれ一六五万円並びにこれらに対する本件事故の日である昭和六三年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官池田克俊 裁判官能勢顯男 裁判官髙橋善久)

別紙図面〈省略〉

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